佐村河内氏に仰天過去!俳優目指して大部屋役者に、二枚目の悪役に憧れていた。 - アイドル 芸能 見張り隊

佐村河内氏に仰天過去!俳優目指して大部屋役者に、二枚目の悪役に憧れていた。

ゴーストライターに聴覚障害偽装と、相次いで嘘が発覚した作曲家、佐村河内守氏(50)に悪役俳優で名を上げようとしていた、仰天過去が発覚しています。

週刊文春によると、広島での少年時代、自宅にピアノはなく、ピアノ天才少年の気配は全くうかがえず、高校時代は石原軍団に入るといって家出を企てたこともあったというのです。

大友直人(cond)/佐村河内守:交響曲第1番 HIROSHIMA(CD)

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(以下引用)
高校卒業後は京都に行き、東映の太秦撮影所で「大部屋役者」として俳優生活をスタート。同誌は当時の役者仲間の話として、「マモルと呼ばれていた。マモルは二枚目の悪役に憧れていて、髪形は角刈りにしていた」「悪役になるのが有名になる近道だと考えたのでは」と紹介。同誌では、サングラス姿でドスを握る物々しい雰囲気の佐村河内氏の写真も掲載している。

その後、佐村河内氏は「悪役商会」メンバーの俳優、山本昌平や丹古母鬼馬二(たんこぼ・きばじ)と親しくなり、悪役商会に入るとして上京。東京ではアルバイトをしながら「速瀬守」という芸名で俳優活動を行い、チンピラ役でドラマ出演もしたという。これまで佐村河内氏が公表してきた音楽的な活動や素養はまったくうかがえない。

1988年にはロックシンガーとしてデビューをはかるも、嘘で塗り固めた経歴や金銭トラブルから周囲の信頼を得られず、日替わりの仕事をするようになったという。
(夕刊フジより引用)

佐村河内氏の風貌は、まさに異色。長い髪、サングラス、全聾のせいか伏し目がち。
”現代のベートーベン”と称せられるように、その風貌は作曲家という役を演じきっているようにも見えます。

俳優を目指していただけに演技力に長けていたのか、その裏の顔に多くの人が騙されてきました。

次々と暴かれた佐村河内氏の嘘。一体、どう釈明するというのでしょうか。

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